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この欄は皆様との交信・ふれあい欄として下記内容で運営致します
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2010年9・10月号
バイケミニュース編集部
当社橋本会長が平成18年9月30日逝去されて五年目を迎えました。昨年四年忌の命日を期して、現代農業の出版元の農文協の民間農法シリーズで「竹肥料農法−バイケミ農業の実際」を発行しました。本ホームページでもご案内致しましたがご好評を頂き、橋本会長が創設した植繊機で竹を使うバイケミ農法が「竹肥料農法」という新たな呼び方でも通るように認識が広まり、皆様のお陰で普及活動を継続して参りました。ここ1年間のご支援に改めてお礼を申し上げます。
さて本年2月兵庫県竹肥料農法普及協議会が発足し、バイケミ農業技術をベースとして平成22年度農業改良普及及び支援事業(現場創造型技術(匠の技)活用・普及支援事業)の実施に応募申請したところ、6月に近畿農政局より平成22年度国産農畜産物競争力強化対策事業として採択されて、同協議会の本格的活動がスタートしました。
またこれに呼応して、バイケミ農法にその原理・原則である里山農法の名前を冠につけた就農教育計画実施を中央職業能力開発協会(ハローワーク)提案したところ、7月に認可され9月1日より3ヶ月間で実施することが決定しました。募集20名に対して、計画通りでスタートする運びとなりました。
以上の経過で業務内容の変更に伴い、業務遂行の円滑さを図るため、(株)バイケミ発祥の橋本会長の生家の地から、兵庫県竹肥料農法普及協議会のある場所に会社を移転することになりました。
既に8月10日より下記新事務所へ移転し業務を開始しております。直接関係先の方々には既にご通知しておりますが、茲許ホームページ住所の記載変更と共に改めて謹んでご通知申し上げます。
新住所(2010年8月10日以降)
〒651-2304 神戸市西区神出(かんで)町小束野(こそくの)50番地2
電話.078-965-2021、FAX.078-965-2022
今後とも私社長以下スタッフ一同、バイケミ農業の普及に努めていく所存ですので、従来通りのお引立とご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。
株式会社 バイケミ
代表取締役社長 小西 俊明
平成22年9月1日
今回ハローワークへ提案した当社が実施する新規成長・雇用吸収分野等訓練コースの科目名を、募集案内においてバイケミ農法科とせず里山農法科としました。
今月のバイケミニュースはその理由等に関連して「バイケミ農業と里山農業」として、更に五年忌の特集として過去の橋本会長の執筆した資料やニュースからバイケミ農業と里山農業に関する橋本語録と思想の一端を紹介致します。
本題名では2008年5月号のニュース「里山農業とバイケミ農業」(食の安全、安心問題特集のまとめとして)で掲載しており、内容一部は講座にも引用していますので合わせてご覧下さい。
現在一般の方々にとって農業とは有機農業であることが常識化している上に、自然農法があったり色々の民間農法が存在していますので、未だに一般になじみのないバイケミ農法や竹肥料農法とせず、バイケミ農法の原理・原則にしている昔から日本の持続してきた里山農法としたものです。
その第一理由として下記はバイケミ農業が里山農業の原理・原則に基づいていることを宣言しているバイケミ農業カタログの冒頭の「バイケミ農業とは」での一文です。(ホームページカタログ資料PDF7)
バイケミ農業とは橋本清文会長が、戦後英国農業書を独学で勉強して、家伝の日本の伝統農業と比較考証し、理論化、体系化、実践してバイケミ農業と命名した農業です。社名と農業の「バイケミ」は農業科学の基本であるBio Chemical(生物化学)に通じる意味を持たせるための命名です。
最高の農業は自然の植物生態系維持を保持した農法の実践で、農業の手本とすべきものは里山の自然生態であり、里山農業での「草に学ぶ農業」で、本当の生態系農業です。
現在一般化している有機農業とは日本農業規格(JAS規定)の有機農産物規定では「化学合成農薬、化学肥料、化学合成土壌改良材を使わないで、3年以上を経過し、堆肥など(有機質肥料)による土づくりを行った圃場において収穫された農産物を「有機農産物」、3年未満6ヶ月以上の場合は、「転換期間中有機農産物」とする。」です。
これからすれば、少なくとも化成肥料や化成農薬が存在しなかった明治以前の農業は全て有機農業の定義・条件に一致しており、今の規定での有機農業です。しかし農業の実態は、使われた肥料資材は刈敷(山野草)や堆厩肥の有機物の活用ですが、農法技術は地表面施肥の原則で地中に基肥を入れていません。又自然の生態系を手本として、自然のエネルギーを利用して行なって来た里山農業と総称されるものであり、これがバイケミ農業の原理・原則とするところです。
この農法が里山単位で行なわれて里山農業、里山文化が形成されて、「身土不二」「地産地消」「四里四方に病無し」などの今日に通じる言葉の源になる日本農業の歴史となった農業です。
農業の名前の呼び方に付いて、農業名称区分の変遷は次のようになるのではないでしょうか。先ず少なくとも終戦時1945年までは農業の呼び方は「何とか農業」でなく「農業」であったと思います。しかし敢えて云えば1935年の岡田茂吉が「自然農法」を提唱しています。
戦後、アメリカ式の化学肥料・農薬による農業が取り入れられた結果、人間の健康被害や環境への公害が出て、当然責任者である産・官・学が音頭を取って対策に乗り出すべきところ逆に行動せず、1970年頃から有機農業が大衆市民運動として起り、最初はたかをくくり傍観していた産・官・学が渋々追従・追認して有機農業が市民権を得て現在の法律の整備までに至ったのです。
この有機農業が市民権を確立してから、戦後から続いてきた化学肥料・農薬農業を慣行農業と呼ぶようになったものです。
では終戦までの農業をなんと呼ぶかですが、明治初期に西洋農学が入る以前を里山農業として、その起源を弥生時代までに遡るとすれば約2000年の継続であり、明治8年(1875年、東大農学部前身駒場農学校設立)から終戦1945年の70年間が、里山農業の名残を残しながら近代文明(西洋農学の導入、金肥の使用「各種購入肥料」、地中への元肥指導が始まる「官制農業指導員制度」)を取り入れた文明農業とでも呼んだらどうでしょうか。
逆に日本おける農業の呼び方を振り返って整理すると、日本の農業は有史以来(縄文後期より)里山農業が約2000年続き、明治初期から終戦までの文明農業が約70年、戦後から有機農業登場までが慣行農業で約35年、そしてかかる呼び方を必要とさせた有機農業が登場してから今日まで約35年となります。
尚有機農業の期間にラップして当バイケミ農業のように以前から存在していた多数の民間農業が有機農業の実農業技術を補うように名乗りを上げて、今年が約20年目(農文協の民間農法シリーズの発行開始が1990年で「バイケミ竹肥料農法−バイケミ農業の実際」が25冊目)位になるようです。
バイケミ流に云えば農業はあくまで「The農業」であり、その農業の意味は「漢字の象形」(2007年11月号)が表す不変の意味を持っており、農法の原理・原則は2000年継続した日本の農業、即ち里山農業にあり、その原理・原則から乖離して農業がおかしくなるとその対策として色々の呼び名の農業が登場して来たようです。
大局的に観れば明治に農業分野に開化した農業文明が未だに農業文化に定着せずカオスの状態です。農業文化論に付いてはバイケミ農業通論83頁で橋本会長は次のように述べています。
橋本会長の主張は、人間の身体が進化しない限り、その食べ物を作る農業は、文化(Culture)として捉えるもので、文明(Civilization)として捉えるものではない。農業の英語の言葉(Agri‐Culture)はギリシャ語のAgri=Field(土地)であり、Cultureは通常、文化と訳しているが、元々はTilling(耕す)で、耕作すると云うCultivationという意味は、単に耕作するという意味ではなく、作物を入念な注意によって育て、発展させる意味である。ここに永年かかって培った農業技術「社稷」に通ずる意味がある。これが農業文化である。
2010年8月号現代農業で「自然農法が知りたい」が特集されていますが、有機・慣行・自然農業の区分のファジーさと、自然栽培の里山農業への回帰が総評として掲載されています。
最後ですが橋本会長自身も確たる時期は不明ですが、1950〜65年ごろ現在のように有機農業が騒がれる以前に有機栽培論を執筆しております。勿論バイケミ農業論を書く以前です。
その内容は農業が人間の食べものをつくる産業で、自然の生態系に学んで行なうのであれば、有機物とは生命体の構成物質であり、[「有機物(農作物)の、有機物(肥料資材)による、有機物(生物・人間)のために」行う栽培あるので有機栽培である]というような小冊子です。
これはバイケミ農業講話録141頁に収録してあり、研修終了時のまとめで紹介する予定です。
以上